幼い頃からメガネをかけており、母親の胎内にいた頃からかけていたのではないかという噂もあったほど。
野球少年だったのでメガネをコンタクトにしたかったのだが、医者のススメでメガネをかけ続けた。そのお陰で畠中要輔といえば、メガネというキャラクターが出来上がってくる。
大学時代でも続けた野球だが、友人と行ったゲームセンターのストラックアウトでムキになり肩を壊してしまう。
肩を壊してはプロ野球選手になれないということで、東京のアナウンスアカデミーを経て喋りの世界へ。(肩を壊さなくてもなれていませんが・・・)
しかし気がつけばFM局の営業を3年。今しかない!と思い立ち、2006年よりフリーアナウンサーの道へ。
そんな僕が自分に出来ること、人の為に、地域の為に出来ることを考え、喋りと言う(と)フィールドで人や地域を盛り上げていきたいと思います。人生熱くいきましょう!